「坂のまち神戸プロジェクト」という取り組みをご存じだろうか。神戸市が坂道の多い地形を「弱点」ではなく「魅力」と捉え、住み続けられる都市を目指すこの施策は、移動支援や住環境整備を通じて街の個性を活かそうとするものだ。住まい選びにおいて、私たちが当たり前に考えている「条件の良し悪し」を見直す視点を与えてくれる。
不動産において「立地」は最大の価値判断基準である。駅に近く、商業施設が多く、平坦な道のりで移動しやすい場所は、生活利便性が高く、資産価値も安定しやすい。一方で、そのような場所ほど喧騒や混雑、人の往来の多さといった「暮らしにくさ」も同居する。駅前の便利さは、静かな住環境とトレードオフだ。
こうした「表と裏」の関係は、地形においても見られる。高台の住宅地はその典型例である。かつては、海や街を一望できる眺望、風通しの良さ、街の喧噪からの距離感といった「高台のメリット」が高く評価されていた。実際、バブル期頃までは、高台に立地する住宅地は「格上」の存在であり、郊外でも丘陵地に造成されたニュータウンがもてはやされた時代もあった。
しかし時代は変わる。共働き世帯の増加により駅への距離や保育施設へのアクセスといった「移動効率」が重視されるようになり、加えて高齢化が進んだことで、坂道のある立地は物理的な負担として敬遠されるようになった。その結果、郊外の高台エリアは次第に住宅ニーズから外れ、空き家や地価下落といった「シュリンク現象」を経験してきた。
一方で、都心の高台住宅地には異なる歴史がある。たとえば、文京区の小石川や本郷、港区の麻布台や赤坂、渋谷区の松濤や代々木上原。いずれも古くからの高級住宅街としての地位を保ってきたエリアだ。これらの地域は武蔵野台地の上にあり、地盤が安定しているとされる(参考:地盤情報ポータルサイトJ-SHIS)。バブル期以降も地価の下落が限定的で、住環境やブランド力が揺るがなかったのは、立地だけでなく「災害に強い地盤」に裏付けられた安心感の存在も大きい。
つまり、高台という条件がすべてにおいてマイナスだったわけではない。郊外の一部では確かに需要の後退が進んだが、防災意識の高まりとともに、「地盤の安定性」や「浸水リスクの低さ」が再評価される中で、一部の郊外高台エリアにも再び注目が集まる可能性がある。そして、麻布台や松濤のような都心の高台は、そもそも強固な地盤条件のもとに高級住宅地として発展してきたという事実も見逃せない。
もちろん、坂がある生活がすべての人に向いているわけではない。高齢者や育児世帯にとっては負担も大きく、生活動線をよく考慮する必要がある。だが、そうした「難点」があるからこそ、物件価格に「割安感」が出ることもある。敬遠されがちな立地だからこそ、資産性や環境条件に優れた「掘り出し物」が眠っていることもあるのだ。
住宅購入において重要なのは、「完璧な物件を探すこと」ではなく、「自分にとって譲れない価値を見極めること」である。駅近という利便性が大切であれば、騒音や混雑を受け入れることになる。静かな暮らしを求めるならば、多少の不便を受け入れる必要がある。メリットとデメリットは切り離せるものではなく、表裏一体であるという前提に立ったうえで、「そのデメリットを補って余りあるメリットがあるか」を考える視点こそが、本当に納得のいく住まい選びにつながる。
神戸市が坂の街に価値を見出し、丁寧に向き合っているように、私たち自身もまた、物件やエリアの「弱点」をどう評価するか、問い直す必要がある。デメリットの先にこそ、真の価値が見えてくることもある。